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私たち(私は昭和30年生まれです)の世代では、森永砒素ミルク事件とか、水俣病にみまわれた方たちが特別なハンディーを背負って生きていかなくてはならないような特別な事情以外、今日のように教室の中に不自然な症状があふれていた記憶がありません。みんな裕福ではありませんでしたが、それが特別のことでもなく、貧しいながらもごく自然で楽しい毎日だった気がします。ただ、そのころから、便利を求め工業至上主義が台頭し始め物が世の中にあふれ始めたと共に、公害という言葉が生まれたのも確かでしょう。梁瀬義亮というオーガニックの第一人者の壮絶な生きざまに触れ、人類が全世界的にこのころから、やってはいけないことを平然としかも絶対大多数の力を借りてやり初めてしまったことを知らされました。
(地湧社 生命の医と、生命の農を求めて 梁瀬義亮 著)
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